かつおぶし

全国的に知られている「清め塩」は、お葬式に参列したあと帰宅してから家に入る前に玄関先などでお清めの塩を自分にふりかけるというものですが、栃木県の日光では清め塩だけでなくかつおぶしもまた塩と同じように自分にかけるのだそうです。 そもそも「お清め」という考え方は仏教ではなく、神道でもなく、古事記まで遡ることになるそうです。仏教において生と死は不浄という考えあないそうで、そうすると清める必要性はありませんね。清めというものは古事記に出てくる、最初の夫婦される神様の記述から来るそうです。イザナミは火の神を産んだ時に火傷を負いそれが原因で亡くなってしまいます。それをたいそう悲しんだイザナギが黄泉の国へイザナミに会いに行き、紆余曲折を経て地上に戻り、黄泉の国の穢れを落とすために海水でみそぎをします。これがお清めの元となっているそうです。 ですが、清め塩が昔から風習として行われていたかというとそれほど認知はなかったようです。江戸時代に現在の葬式の形が確立したと言われていますが、その時代でも清め塩は希な習俗だったようです。塩ではなく酒に清めの効果がある、また通夜本来の、大勢の人間が集まると言うことで穢れに対抗したという考え方が強かったという説があるそうです。 清めのかつおぶしを用いる日光には、酒食の力を借りているのではないかと考えられているそうです。神道には神饌という食物をお供えするのですが、その中にかつおぶしが入っていることが多いそうで、神道の影響もあり、またその土地の風習が合体したのが日光の清めかつおぶしなのかもしれませんね。歴史を遡ると様々な事が今のお葬式に関係していて、不思議な感じもするのではないでしょうか。

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